私にとって語学とは生存がかかったサバイバルだった!

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皆さんにとって「言語」って何ですか?
英語ができたら世界が広がる! とか、そんな楽しいイメージがあるかもしれませんね。

でも私にとって言語はサバイバルでした!
生存がかかっていたんです。

どうして言語がサバイバルだったのかっていうのが、今日のお話。

私が12歳のときに、父の仕事でドイツに行くことになりました。
父は住職であると同時にドイツ哲学の教授だったので、家族でドイツのハイデンベルクに引っ越しました。

父と母は全然教育熱心じゃなかったから、子どもに勉強しろとは言わないし、教えてもくれないわけです。
二人とも自分の勉強で忙しいから、子どもにまで構っていられないんです。

だから私はドイツ語もできないまま、いきなりドイツの学校に放り込まれました!
どうなるかって言うと、そこからサバイバル生活の始まりです。

言葉が分からないってもう本当にサバイバルなんです。
ドイツは寒い国だから温水プールがあるんだけど、そこにいきなり飛び込んで溺れかけたりしましたね。

そのプールは水深が2メートルもあったんだけど、言葉が分からないから何にも知らずに飛び込んじゃったの。
そうしたら足はつかないし、本当に危うく溺れるところでした。

場所が聞けないからトイレにも行けないし、本当にサバイバル!

ある日学校に行ったら教室に誰もいなかったこともありましたね。
みんなのいるところに行ったら、私とインドの男の子だけつまみ出されたりして、何がなんだか分からなくてショックを受けました。

後から分かったんですが、それは宗教の時間でプロテスタントの授業だったからなんです。
でも言葉が分からないと、そんなことも全然分からないですから。

日本人をやっつけるんだ、なんて男の子もいましたね。
訳が分からずいじめられたりしたから、もう本当に言葉ができないって大変でした。
私にとって語学ができないってことは生存が脅かされたんです。

だからね、言語は楽しいなんてものじゃなくて、
私にとっては生存がかかったサバイバルだったわけです。

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