こうして私は3ヶ月でウエイティグ待ちのできる英会話の先生になりました。

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家事もせず、夫の財産をすり減らし続けたクズのような主婦。
金遣いは荒いが、たった一ついいところは、私は英語が出来たのです。
もっと英語が話せるようになりたかったので、独学でいろいろと勉強していました。

そんな私がなんで英語の先生になったのかっていうのが今日のお話。

結婚してすぐ、2人の子供にも恵まれ、私は子育てと家事をし、子供達の私立小学校受験に没頭し、めでたく一貫校に入学しました。
夫は優しく、相変わらず私はお金を使い続けました。
私はお金で買えないものもお金で買えるものもなんでも持っていました。

ところが、この18年間は私にとって一番辛い時期でした。
毎日が枯渇し満たされませんでした。
幸せなのに、枯渇する、なぜだかわからず、どうしてこんなにわがままなんだろうと思っていました。

毎日が退屈で退屈で死にそうでした。
オムツをたたみながら、子供達を公園で遊ばせながら、時々こっそり泣きました。
優しい夫は、ますます優しくなって翻訳の仕事などを持ってきてくれましたが、私は満たされませんでした。
結局自分のやりたいことは、自分に聞くしかなかってのです。

ある日、あんまり暇だから、英会話でも習おうと思って広尾のナショナルスーパーマーケットにあったチラシで見つけた英会話の先生から英語を習いました。

その人は、ある講座を受けて、恋人も手に入れたし、同時通訳にもなったし、自分のビジネスも立ち上げたと自慢していました。

その人から紹介されたその講座を受けて私は英会話の先生になったのです。

それは限界を突破するというコースでした。

人は達成したいことは必ず達成するようになっている、なぜなら自分でそれを知らないうちに限界づけているから。
そしてその限界を区別すると限界が消えるという非凡なコースでした。

達成したいことがないと受けられなかったので、「英語の仕事がしたい」と書きました。
でも18年間も仕事をしたこともないし、絶対に手に入るはずがないと思っていました。

コースの中で発見した私の限界は、「自分が本当に欲しいことをやってはいけない、欲しいものを手に入れてはいけない」というものでした。
英語もネイティブスピーカーのようでないと人に教えてはいけないと思っていたし、自分が仕事をすると夫や子供達を不幸にすると思っていました。

これまでの人生をみて、留学をあきらめたときも、就職の時も、私はただ恐れていて自分の欲しいものを決して手に入れさせないのだと発見しました。
この発見にはビックリしましたが、「今の自分のまま、ありのままの自分で、今すぐ人に貢献することができるのだ」と創作しました。

そして、私は翌日から英語の先生になったのです。

3人の生徒さんが教えて欲しいといってきてくれて、その人たちが話せるように一生懸命教えていたら、沢山の人が口コミで人を紹介してくだって、一年で60人近くまで生徒さんが増えました。
生徒さんが来るのが待ち遠しくて、いっぱい本を読んで、教材を創作して、時間を忘れました。
毎日が発見に溢れ、私は可能性の渦に巻き込まれていきました。

16年間の間に約700名の生徒さんに教えるうちに、英語と日本語の決定的な違いを区別し、既存の英語の教え方の枠を外し、新しい文法のOSを作ってパズルイングリッシュメソッドと名付けました。

生徒さんは増え続けやがて私1人では教えられなくなりました。

ある日気がついたら、私の人生から退屈が消え、私は英語を話せるようになっていたのです。

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なぜ専業主婦歴18年の私が口コミだけで700名の生徒を集められるようになったのか

■一般社団法人パズルイングリッシュ協会
http://puzzleenglish.jp/
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