ドイツで目立ってしまった少女時代

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私は小さい頃、父親の仕事でドイツに滞在することになりました。
言葉が喋れないことはすごく大変。なにも通じないし、すべてがサバイバルです。
そんな体験を通して分かったんですが、私の自己表現は言葉がすべてだったっていうのが、今日のお話。

当たり前なんだけど、日本語はペラペラでした。日本で育った日本人ですからね。
ドイツに行くまで、私はなんでも困ったことはコミュニケーションで解決してきてたんです。

ところが言葉が通じないから、まずコミュニケーションができない。
ひとつひとつ単語を覚えていくけど、どんなに単語を覚えても、文法が分からないんじゃ、言いたいことが言えないんです。
それはすごく不満足でした。私はたった今の瞬間思ったことを言葉で伝えたかったのです。
その思いがパズルイングリッシュメソッドを創作する原点になっています。

ドイツでは言葉が分からないから、いつもきょろきょろして、じーっと人が喋ってるところを聞いていました。
クラスには生徒が30人いたんですが、今でもひとりひとりの顔と名前が目に浮かぶくらい覚えています。ここに誰がいて、ここに誰がいたって言う風に。
毎日毎日、ただずっと人の話を聞くって言う体験をしていましたね。
言葉はわかるのに時間がかかりましたが、数字は万国共通なので算数だけはよくわかりました。そのせいでいまだにドイツ語の数字はすぐに聞き取れるのです。

耳って面白いですよね。
耳から入ってくる音を大量に聞いていると、ある日突然聞こえてくるんですよね。
突然何を言ってるか分かるようになってくるんです。
でも喋れない。聞こえたって喋れないんですよ。
聴く事と喋る事は違うから、やっぱり文法で組み立て直さないと難しいのです。

そんな風におとなしく過ごしていましたが、私、もっと小さい時はおおらかで自由奔放な子供でした。
ところが、はじめて幼稚園って言うコミュニティに入ったときに、水飲み場で「遊ぼう」って言ったら、ある女の子に「やだ、あっち行ってよ」って言われて、ショックを受け「人生は危険だな、怖いな」ってくじかれてしまいました。
以来、幼稚園三年間、物陰に隠れて、びくつくって言う人生を送っていました。

小学校4年生くらいまでそれは続きました。
思う存分自己表現できなかったんです。いじめられるんじゃないかって思って。
おとなしくして、目立たないようにしていました。

ところがドイツに行ったらばアジア人は目立つんですよ。
ハイデルベルクって街だったんですが、アジア人なんて学校で私一人だけ。
黒髪がめずらしいのか、どこに行っても目立つわけです。
しかもね、おとなしくて、可愛かったんです、私。
何しろもてる子だったのです。

そうすると、「髪の毛触っていいか」とか、「手をつないでいいか」とか「チューしていいか」とか言ってくるわけです、男の子たちが。
これは大変なことになったと思って、さらにびくついて、学校に行ってました。

そんな私にたったひとり、ぺートラという友達ができました。
彼女のことはまた次回にお話しします。

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