私を変えたドイツの友達

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ドイツで友達になったぺートラという女の子のことが今日のお話。

その子は体が大きくて、いじめられてたわけではないのですが、ぽつんと孤立してた感じでした。
アジア人の私が学校に入って来て、ぺートラは友だちになりたいって思ったんでしょうね。

私は今だにドイツの住所を憶えてるけど、ヤーン通り14丁目ってところに住んでいました。
朝、窓から外を見ると、門のところに彼女が立っていて、「ミホ」って呼んでるわけです。

来る日も来る日も立ってるから、一緒に遊ぶようになりました。
私はドイツ語がまったく喋れなかったから、これは何て言うのっていつも彼女に聞いてました。
「バス、イスト、ダス」って言ってたと思うけど、「What this?」ってことね。
そうすると彼女が答えてくれるから、彼女のおかげで単語をいっぱい憶えました。
一緒にいると、彼女はお構いなく横で歌をうたったり、自分の好きなこと喋ってるの。いい子でしたね。

ぺートラと遊んでたある日のこと。
日本人をやっつけるんだなんて言う男の子がいっぱいいたんだけど、私にちょっかいを出す男の子がやって来て、私のスカートをいきなりめくったんですね。
私は「やだなぁ…」って思ったんだけど、ただ身をすくめていました。
そうしたらぺートラが、いきなり彼を思いっきり突き飛ばして、飛び掛かって、馬乗りになって、取っ組み合いのケンカになりました。

髪の毛が抜けて、ブロンドの髪の毛がほわんほわんって飛んで来てね、お互い引っ掻いたものだから、血だらけですよ。
ある程度やると、気がすんだのか喧嘩は終わりました。むこうも罰悪そうだったな。
日本ってそういう取っ組み合いのケンカしないでしょ。やっぱり西洋人ってアグレッシブですね。
そんなの見たことなかったので、ただ肝をつぶしてたんだけど、明確に覚えてるのは、私はすごく感動したんです。
率直でストレートな自己表現に感動しました。

それに衝撃を受けて、「へー、嫌なことされたら、ああやってやればいいんだ」って思って、日本に帰ってきたら、今のような私になっていました。その体験はいまだによく憶えています。それ以来。私ははっきりモノが言えるようになって、別人のようになりました。

でも幼稚園に入るまえ、家で遊んでた時の本来の私はそうだったから。自由奔放で調子に乗ってましたね。
だからそういう風になったんじゃなくて、封印していた過去の自分を5年生のときに救い出したんです。

その後ぺートラーは全然勉強ができなかったのに、ギムナジウムっていうところに行きました。
ドイツは、マイスター(職人)のコースと、大学に行くギムナジウムっていうコースと、小さい時から分かれるんです。
職業訓練学校と大学に分かれていて、彼女はギムナジウムに行ったって人づてに聞きました。
どうしてるかなって彼女をときどき思いだしますね。

知的なアイスブルーの目で優しい娘だったな、会いたいなって思います。

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