勉強しろとは言わなかった私の両親

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小さい頃、勉強が嫌いだったって言う人、多いですよね?
でも私は勉強するの、好きでした。
今でも大好きです。

私の父と母は「勉強しろ」って言うような人ではなくて、全然教育熱心じゃなかったんです。
むしろ無関心。
それでも私は勉強が大好きになりました。

それはなぜかっていうのが、今日のお話。

私の父はお寺の住職であると同時に、ドイツ哲学の教授をしていました。
ずっと研究をしていて、一日中家で論文を書いているような人でした。

疲れると家族のところにやって来てね、
自分がいかに優秀か
自分のやってることがいかに価値があるか
自分の創作したものがいかに秀逸であるか
と言うことを、お構いなしに喋りまくるんです!

さんざん喋りまくって、それに飽きると「ああ俺は素晴らしい」って言いながら書斎に戻って研究を続けるっていう、そんな人でした。

母は英会話の先生で、寺子屋みたいなことを20年もやっていました。
でも教育熱心じゃないから、子どもの私には英語も何も教えてくれなかった。

何をしてるかって言うと、朝から晩までずっと本を読んでいるんです。
本が好きでね、子どもに背を向けてずっと本を読んでるの。

本当に、気が付けば本を読んでいて、ご飯を作るのも忘れるような人でした。
お腹を空かせた私は暗闇に立って、「おかあさん、ごはん…」って言ってね。

それを聞いてやっと「ああ、そうだったわね」って動き出す、そんなふうだったわけです。
母は読書の他にも色んなことをするの好きで、金遣いも荒くて、口うるさかったなぁ。

でも私はその両親の背中を見て、
そんなに夢中になるほど、学ぶこと、本を読むことって楽しいことなのねって思ったわけです。

子供に勉強しろなんて言うわけないですよ。
自分たちが勉強しててご飯も作ってくれないんだから!

勉強するって言うのは、ご飯を作るのも忘れるくらい楽しいことなんだって、幼い私は思いました。
「勉強は蜜の味」
それが両親を見ていた私が掴んだことです。
学問っていうのは私にとってそういうものなんです。

私の「学ぶ」っていう原点は両親の背中から知ったことなんですよね。

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